尾道の旅情報の最近の記事

 先週の土曜日NHKで放送された「ブラタモリ」のテーマでしたね。

ご覧になりましたか。

本通り商店街が旧西国街道であったり、出雲街道の基点であったりと

(これはパンフレットにも載っています)

坂の民家の成り立ちが興味深かったです。

商品の積出港として栄えた尾道は商都としての顔もあります。

 

 千光寺からの眺望は晴れ晴れするものがあります。

尾道の魅力のひとつです。

今回の尾道の旅ではみなさん、眼下に広がる尾道水道の景色を

お楽しみ下さい。

千光寺の坂道では尾道福祉専門学校の学生や尾道高校ラグビー部の

力自慢がお迎えと坂道介助のお手伝いをします。

どうぞ身を任せてください。

 

 千光寺からバスやロープウェイで降りてきたら、駅まで続く商店街

があります。

ようこそ尾道へ。本通り連合会をあげて歓迎をしてもらえます。

尾道商業会議所記念館の広場はちょっとしたフェスティバルです。

瀬戸内レモンの生レモンスカッシュジュースでおもてなしです。

バルーンアートやドッグセラピー・電子ピアノ演奏・絵画パフォーマンスなどの

イベントが開催されます。

商店街をめぐるスタンプラリーをしながらゆったりとした時間をお過ごし

下さい。

もちろんラリーですからプレゼントも用意されています。

 

 なぜ人は尾道に魅せられるか。

タモリさんは気づかなかった事。

僕は「人と人を繋ぐ、心意気」だと感じました。

 

見逃した方は再放送があります、5月31日午前1時から45分まで

NHK「倉敷でブラタモリ」6月3日午後7時30分からの放送です。

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 恥ずかしいことに、星野富弘さんを知りませんでした。

知るきっかけになったのは、尾道の商店街から駅に向かう途中の「絵日傘」

で展示してあったはがきの絵に挿入されていた詩に惹かれたからです。

 

わたしは

傷を持っている

でもその傷のところから

あなたのやさしさが

しみてくる

 

神さまが

たった一度だけ

この腕を動かして

下さるとしたら

母の肩を

たたかせてもらおう

風にゆれる

ぺんぺん草の実を

見ていたら

そんな日が本当に

来るような気がした

 

当日は30名の方にプレゼントします。

  

星野富弘さんの詩

星野富弘(ほしの とみひろ/1946年4月24日-/男性)は、群馬県出身の詩人&画家。1970年に高崎市立倉賀野中学校に体育教師として着任したものの、2ヵ月後に体操部の指導中、宙返りの模範演技で失敗により頸髄損傷の重傷を負い、肩から下の機能が麻痺してしまう。9年間におよぶ入院生活の間に、口にくわえた筆で水彩画、ペン画を描き始め、後に詩を添えるようになり、退院後、故郷に帰って創作活動を続け、水彩画、ペン画に詩を添えた作品と随筆を織り交ぜた『花の詩画集』をはじめとした数々の著作を出版。全国各地やハワイ、ニューヨークなどで「花の詩画展」も開催している。1991年には東村に村立富弘美術館が開館し、中学校の国語、道徳の教科書に随筆が掲載されている。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp+月刊PHP

RIMG0152 (300x225).jpg 5月1日、林芙美子記念館で打合せ

 

 それは間違いからの始まりでした。

商店街の中に「おしめ交換ができる場所の確保」

近年のひまわり号では難しい課題となっている件です。

「無料休憩所」を使いたいので使用許可を得るために2階の事務所へ。

「飛び込み」だったので手持ちの資料を事務の方に渡しての、お願いを

したつもりでした。

 結局は無料休憩所の管理は「本通り連合会」だと言うことがわかり、

振り出しへ。

それでもその間に連合会の方には「手持ちの資料」が渡り、受け入れは

連合会女性部でとの話が進行していたそうです。

 

 初めてお会いしたのは4月27日。ギャラリー都(みやこ)で展示会準備の

ためお弟子さん達と忙しく動き回っている方でした。

それこそ、店先で5分程度の挨拶です。あまりにも忙しそうだったのでこちらも

恐縮して、初対面ですし。

尾道本通り連合会女性部会長の円福寺 都(えんぷくじみやこ)さん

絵手紙作家として活躍されています。

 「ひまわり号が尾道にやってくる」ことに事のほか反応をされました。

独自のコミュニケーションルートとツボをピンポイントに押し、尾道観光協会

尾道商工会議所、尾道観光土産品協同組合がひまわり号支援の輪に加わり

ました。

 

 5月16日、お会いするのは3回目になります。

手元には最近出版された、作品集の「毎日こころは晴ればれ」があります。

この表紙の帯封フェイクに都語録がありまして、

 

「無理です」とか

「だめです」とか

私の近くで言わんといて

空気が悲しむ

 

失敗してもめげんで

やめない、工夫する

「自信」がつき

「度胸」がつき

面白いように回り始める 

 

 交友の方からの出版に寄せての推薦文?には

「一度その世界に足を踏み入れると、おびえと楽しさで抜け出せないでしょう」

とあります。

また、「真相を確かめに勇気を振り絞って訪ねて見てください」

と寄せられています。

ご本人は当日、「旧尾道商業会議所記念館」となりの広場で尾道流の 

お接待をされています。

 

 連絡のためメールアドレスを教えてもらいました。

円福寺さんの行動様式そのままを表す文字列が並んでいました。

都さん「本の予約を2冊とりました」

アレッ、いつの間にか手下になっている。

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 横顔が浩幹(ひろき)君。正面の顔は当日ご覧下さい。

 

出会いは2004年、広島の平和公園。

ゴミ箱をひとつひとつ覗き込んでは弁当の空箱を回収する親子の姿。

平和公園内でお弁当を配って、それぞれ気に入った場所でお弁当を

いただく。

参加者には「食べ終わった弁当の空は配ったところで回収します」

といったものの、「近くのゴミ箱に捨てる人もいるだろうから、手分けして

回収しましょう」と申し合わせて担当分けをしたものでした。

観光地ではごみは持ち帰りですからね。

当時、両親は実行委員会スタッフ。浩幹くんは小学校4年生でした。

 

 あれから13年。

浩幹くんは岡山医療技術専門学校の2年生。

理学療法士になることを目指して勉強中です。

昨年のボランティア教室ではそろそろ浩幹でもいいのではの声に、

「もうすこし自信をつけてから」と本人の申し出。

そんなこともあって今年の講師は板谷浩幹くんになりました。

 

 5月7日、連休最後の日曜日に初めて介助ボランティアをする

老若男女25名。

上は73歳ボランティアデビューの人から中学1年生まで集って

いただきました。

車いすの取り扱いをはじめに、障がいに応じた介助の方法を学びました。

自信はすぐにはつかないでしょうが、少しの安心は持てたのではないで

しょうか?

それは介助される側も同じことですから。

 ひまわり号での介助ボランティアは初めての方にとって、絶好の機会です。

介護福祉士や看護師などの専門職でないとマッチングしない場合もあり

ますが、多くの場合は組み合わさって、助け合って、声を掛け合っての旅

となります。

 

 介助をされる側にとっては「適切ではなかったり」思いとは「ずれたり」

する場面もあるでしょう。

彼らや彼女らは「生きることに向き合う姿に」心打たれると言います。

あなた方はボランティアを育てる役割もあることを心してください。

 

そんな思いやりや優しい気持ちを繋いで、繋いで33回目のひまわり号が

走ります。                         

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ボランティア教室、天満屋前の通路で、何が楽しいのだか?

 JR倉敷駅、尾道駅との打合せを済ませ、臨時列車ひまわり号の安全な運

行に向けた準備が整いました。

倉敷駅では、出発セレモニーの準備物から倉敷市消防音楽隊のマイクロバ

スの駐車場。倉敷駅2番乗場での列車据付位置、前後の列車ダイヤの等々。

ひまわり号からの要望事項に対して、丁寧な説明と対応をいただきました。

これがなければ「ひまわり号」は走りません。

毎年のことながら、JR倉敷駅には大変お世話になっています。

 尾道駅での打合せには倉敷駅副駅長が同席され、事前にJR間の調整が

されていたようで、思いのほかスムーズに打ち合わせができました。

5月28日は仮駅舎での営業が始まっています。

尾道駅2番乗場への地下通路階段より東側(福山側)にある仮駅舎の改札口

は工事中です

仮駅舎は5月16日から営業に入るということです。

心配していたバス乗場7番8番近くの工事用バリケードは撤去されます。

一方、現在の改札口と駅構内のトイレは駅舎本体工事で使えなくなります。

仮駅舎には構内のトイレ(障がい者用含む)が設置されます。

そこで、ひまわり号はどこから出るの?です。

1番乗場のエレベーター前の尾道の花火大会で使用される出入口を使うこと 

になります。

ゴメンナサイ。ここまでのお話は実行委員会のスタッフは良くわかることです

が、参加される側にとっては、文章だけではわかりづらいですね。

尾道駅の工事状況を理解した上で、1番乗場のどの位置にひまわり号を停車

させるか?

の打合せでは、広島側に屋根があるホームいっぱいまでの位置で停車する

になりました。

1番乗場に表示されている足元の号車番号と同じなので、参加する側もわか

りやすいです。

 帰路、尾道駅を出発するひまわり号は着いた時と同じ1番乗場から発車しま

す。尾道駅発山陽線上りホームは2番なのですが、JR側で地下通路を通らな

くてもいいようにとの配慮から帰路の1番乗場発車が実現しました。

いったん上り線に入れて、尾道駅を16時8分に出発した後、糸崎駅で上り線 

に入れ替えて倉敷駅に向かいます。

帰路の所要時間が長いのはこのようにするからです。

RIMG0140 (300x225).jpg           JR倉敷駅での打合せ

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            JR尾道駅で

            1番乗場について、出口はこちら。

            エレベーターの近くになります。                   

  

         

尾道高等学校ラグビー部が力を発揮します。

12時50分、授業が終わってから来て下さい。

とのアポイントを取って、尾道高等学校へ。

授業が終わったのか、生徒たちが教室から出てきて

私たちを発見するや、「コンニチィワー」「こんにちはー」

「こんちわー」会う人、すれ違う人、誰彼なしに挨拶が飛び交う。

こちらも「こんにちはー」と返す、返す、また返す。

これ、「気持ちイイー」思わず笑顔になる。

生徒だけではなく教職員も「こんにちは」

4月27日、尾道市社会福祉協議会の峰松さんと連れ立って、向島にある

尾道高等学校ラグビー部の梅本先生を訪ねた。

「スクールウォーズ」を欠かさず見てイソップ君に涙し、秩父宮ラグビー場に

通い、当時の社会人ラグビーや関東大学対抗戦などを観戦してきたラグビー

ファンとしては今日の訪問を楽しみにしていた。

ラグビー部は年末の花園で行われる全国高校ラグビー大会の常連校です。

ラグビー以外でも地域との交流イベント参加や広島の土砂災害時や東日本

大震災の災害ボランティアを経験している。

「車いすの障がい者が千光寺公園の坂道を移動する際に力を貸してもらえま

せんか」の要請に「それは生徒のためにもいい経験になる」と快諾。

「こんないいことだったら校長先生にも話しましょう」と一同、校長室へ。

「梅本先生、こんなに大人数の障がい者の方々が来られるのだから、生徒会

にも話を通しましょう」と三藤(みとう)校長先生の提案。

尾道高等学校をあげてひまわり号の支援となりました。

当日は30名のラガーマンや部活の選手の「こんにちは」が交わされ、自然と

口が開き、挨拶を返す声が出て、笑顔になります。

One for All All For One の精神が千光寺で発揮されます。

他にも尾道福祉専門学校の先生や、介護福祉士を志す学生たちが千光寺

公園の坂道に力を貸してくれます。

また、尾道市ボランティア連絡協議会の皆さんもお弁当の配布や要所での

案内をしていただけるようになりました。

尾道では50名のボランティアが安全で快適な旅をサポートする体制が

整いました。

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 尾道高等学校 校長室で

手前がラグビー部梅本先生、右が三藤(みとう)校長先生、後ろ右は

尾道市社会福祉協議会 峰松さん、後ろ左がひまわり号 岩佐 組織部長

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  店主の榎本さんとご一緒に

「あとで寄るって言ったしなー」

この日、午後から門田の社会福祉協議会で尾道市社会福祉課も

交えて打合せ。

公用車(軽のワンボックス)に同乗し川沿いの桜並木が満開だった

10年前を思い出す。

思いのほか、お願い事がスムーズに運び気分は高揚して、尾道駅で

「今日はお忙しい所ありがとうございました」

商店街の無料休憩所をもう一度見て、そろそろ今日の歩みは13000歩。

甘味所を我慢して「サロンde 絵日傘」へ午後3時半。

狭い店内。奥に店番のアーティスト寺岡さん、のとなりに店主。

「こんにちは」から始まって、1時間。

お店を始められたきっかけや、集う人々のお話、障がい児教育のこと、

そして終活のお話などなど。

どうやらこのお店で生計を立てている様子はないようだ。

家にある手作りのものを集めてお店に置くようになり、それを買って

くれる人がいて喜びが芽生えた。

もち寄り、集い、喜び、出会い。「人との出会いが売り物です」

店主の榎本禎子さんは言われました。

この生きた言葉に感動。

「創った人も、他人が必要としてくれることで次の意欲をかきたてられる」

「おんなじじゃないですか」

人間の集団はこうありたい、高め合いたい、ひまわり号も同じこと。

アーティスト寺岡さんがそっと教えてくれた。

榎本さんは元校長先生。

ご本人はこれを言うと嫌がられる。

ゴメンナサイ。でももう書いた。

コーヒーをいただきながら1時間。

帰りには、「電車で食べて」サンドイッチをかばんに。

あったかな気持ちが胸に広がる、うれしい。

ブログ再開のきっかけになりました。

お目当てではなかったのだけれど

以前から立ち寄りたいと焦がれていた甘味所のお店が

開いているのにウキウキして隣の店へ。

尾道の商店街を抜けて駅に向かう途中、小さなお店が立ち並ぶ。

その店は観光パンフレットに描かれている絵に似た絵葉書が置かれていた。

和紙を材料に手作りの雑貨が並ぶ。

引き込まれるように中に入ると、「わたしゃ店番なんよ」

あれこれと作品の説明をしてくれる。

そう、商品ではなく作品。

「あなた尾道の人?」

「いえ倉敷から来ました」

それからひまわり号の話になり、「そりゃーここの女主人に話するわ」

と連れて行かれたところが、海の見えるラーメン店「喰海」

女主人はお出かけで、喰海の大将の息子さんに挨拶し、目的の市役所へ。

「わたしゃ店番なんよ」の寺岡さんは手先の器用なアーティストでした。

4時まで開いているから、、、。 あとで寄ります。

尾道市社会福祉協議会との打ち合わせに向かいました。

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宝箱のような作品でした

3月は卒業式で別れの季節。

進路が別々になり、友とも違った道を歩き始める。

涙と何となく甘酸っぱい、キュッとするような成長過程。

4月は不安と期待と少しの希望。

僕たちは出逢いと別れを繰りかえしながら大きくなった。

お知らせブログの復活です。

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